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Annex~別邸~

本ブログは近世ヨーロッパ軍事史を基本的に取り扱っています。 更新はとても稀なのであしからず。

軍靴のバルツァー第1巻の旧式戦術と物語性

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軍靴のバルツァー第1巻の旧式戦術と物語性


軍靴のバルツァー 1 (BUNCH COMICS)

「軍靴のバルツァー」は19世紀のヨーロッパをモデルにした近世/近代軍事マニアにとってはたまらないマンガです。
読んでない人は、必ず読みましょう!
私は近代軍事には疎いため、非常に勉強になっています。

というのは前書きで、このエントリは「軍靴のバルツァー」の書評ではありません。
この第1巻に爺さんの世代の戦闘として戦列歩兵戦闘が出てきており、これがいささか誤解を招くかなと思うので、補足しておくためのものです。


まず時代区分として、50年前に諸国民戦争云々という言葉があるので、爺さんの世代は間違いなく、現実におけるナポレオン時代であったことでしょう。
(軍靴のバルツァー世界にナポレオンがいたかは不明ですが)

ということは、ここで爺さん時代の戦闘として、
「戦列歩兵による密集陣形での一斉射撃。隣の奴が死んでもひたすら撃つ。逃げた奴は士官が後ろから撃つ。撃つ。撃つ。敵の陣形が崩れたら銃剣突撃」

というのは、いささか単純すぎるかなということになります。

ナポレオン時代は、散開歩兵と横隊、縦隊を組み合わせて戦っていた時代だからです。
もちろん、横隊同士が正面切って撃ち合う場合もありましたが、それだけしか想定していない教育というのは、正直、50年以上前と言えるでしょう。
ナポレオンがいないために、組み合わせの戦術が発展しなかった可能性もありますが、これも実は地形学から否定できます。

マクニールは戦術隊形の変化の一因として「戦争の世界史」で次のように書いています。

「横隊戦術には、展開するために障害物のない地形が必要であり、実はその前提となっていたのは、村ぐるみで三圃制農業を行うための開放耕地制度であった。だから農業の多角化によって耕地の囲い込みが必須となり始めていた時代にあって、西ヨーロッパの農業景観は時を追ってどんどん旧戦術には具合が悪くなっていった」

つまり、流石に軍事後進国とは言え、もう少し散開戦術について理解があったと思われます。

一般的イメージで言いますと、上記の戦列歩兵による射撃戦は、さらにそのもう一世代、つまり主人公ヴァルツァーのひい爺さん世代にあたるフリードリヒ大王の7年戦争時代ということになります。

しかしその当時であってすらも、ハンガリーやクロアチア歩兵が活躍しています。
パーカーはその著書「長篠合戦の世界史」で

「軽歩兵隊が最初に脚光を浴びたのは1740-1年のことであった。(中略)「軽装」歩兵隊と騎兵隊は、すでに定着していたのである」と書いています。

この本ではフランス軍が1743年に軽歩兵を導入したともあり、戦列歩兵だけで単純に撃ち合うだけの操典というのは、どうにも古すぎて、時代的にミスマッチだということになります。

(実際フランス軍は7年戦争において一部の連隊に対して大隊ごとに50名ずつを猟兵として提供するよう組織的訓練を施して、ミンデンの敗戦の後、これら軽歩兵が敵を阻止し擾乱するのに非常に有益であることを証明していもいます。これは7年戦争における戦術発展の延長線上に革命フランスの戦術があることを如実に示してもいます)

と、ここまで書いておいて何ですが、おそらく作者さまはこんなことは重々承知だと思われます。
いわゆる漫画的、お話的に主人公の力量と、その敵対者の後進性を際立たせる目的で、このような単純化した表現を用いたのでしょう。

そのお陰で、マンガは手に汗握る最高に盛り上がる展開を見せるからです。

軍靴のバルツァー第1巻の旧式戦術の微妙な歪曲は、物語においては正確性よりも、劇的効果、分かりやすい二項対立が重要だという良い証拠なのだと私は思います。




戦争の世界史(上) (中公文庫 マ 10-5)
戦争の世界史(下) (中公文庫 マ 10-6)
長篠合戦の世界史―ヨーロッパ軍事革命の衝撃1500~1800年

軍靴のバルツァー 1 (BUNCH COMICS)



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