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Annex~別邸~

本ブログは近世ヨーロッパ軍事史を基本的に取り扱っています。 更新はとても稀なのであしからず。

ヴァレンシュタインと「狼と香辛料」

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ヴァレンシュタインと「狼と香辛料」




狼と香辛料 (電撃文庫)

「狼と香辛料」というのは、少し前に完結したライトノベル・シリーズで、珍しいことに中世ヨーロッパ風の世界を舞台にした行商人の物語です。
非常に面白いので、是非いちど読んでみることをお勧めします。中々、こういう舞台設定はないですから。
アニメ化もされています。

さて、続いて題名にあるヴァレンシュタインとは、シラーの戯曲「ヴァレンシュタイン (岩波文庫)」でも有名なる、大傭兵隊長ヴァレンシュタインのことです。



こちらは、歴史好きなら説明するまでもないでしょう。
三十年戦争前半に大活躍して、最後は上司である皇帝フェルディナント2世に暗殺される彼の人は、傭兵隊長として成功を収め、貧乏貴族からドイツ有数の大貴族にのし上がり、分不相応な野心が故に身を滅ぼしたと言われています。
まぁつまるところ、悪名高い人物です(もちろん、勝てば官軍理論により、必要以上に悪し様に罵られております)。

ちなみに、ぜんぜん関係ない蛇足ですが、やる夫シリーズに「やる夫が北方の獅子王になるそうです」があり、そこではマンガ版新城直衛ヴァレンシュタインの妻として「狼と香辛料」のヒロインがホロ・ルクレツィアとして登場しているのは、一部では有名な話です。
(いや、ほんと、個人的にスゴいはまり役だなと思っています。今のところ、脳内に浮かぶヴァレンシュタインとルクレツィアのビジュアルはこの二人です)

閑話休題

「狼と香辛料」の第一巻は、銀貨の改鋳をネタの一つとして巧みに用いて、主人公とヒロインの危機、そして成功を描いています。
貨幣の改鋳は、現実の中世および近世ヨーロッパでも頻繁に行われていたことから、きわめて良いテーマ設定だったと思います。
しかし、本当にこんな銀貨の改鋳で大騒動が起きたのでしょうか?

結論から言うと、起きたのです。
それこそ、小説にある以上に、とんでもない大騒動が起きました。
中近世ヨーロッパでは、インフレの原理がよく理解されていませんでした。
そのために、小説と同じように、現金の必要に迫られた国家財務当局は、貨幣に含まれる貴金属含有量を減らして、額面価格は同じ硬貨を発行しました。
特に大規模なインフレが発生した事例として有名なのが1619年~23年頃までの、三十年戦争勃発直後のドイツがあげられています。
その様子は、トルストイの短編小説『イワンのばか (岩波少年文庫)』にも描かれています。(価値が暴落した硬貨は、子供のオハジキ遊びの道具に成り下がります)

勃発した大戦争は君主たちに多額の資金を要求しました。そして君主たちは、銀貨の銀含有率を低下させて、たとえば本来なら十枚の銀貨しか発行できないのに、銅などの別金属で水増しして三十枚の銀貨に仕立て上げ、この需要をまかなおうとしたわけです。
あっという間に節度は失われ、悪貨は良貨を駆逐します。グレシャム様万歳

このときの主役は補助貨幣である少額のグルデン銀貨でした。
なお、このような改悪は日常の取引に使われる補助貨幣で頻繁に行われるのが常です。良く使われて、一般に流通するからです。
ですので、額面金額の大きい金貨や銀貨については、質は低下していないことになります。

キンドルバーガーは、「熱狂、恐慌、崩壊―金融恐慌の歴史」の中でこの時の狂乱を次のように説明しています。

”このようにして集められた貨幣発行益は、1618年に始まる三十年戦争の軍費を賄うために使用されることになる。当初、貨幣の質を落とす改鋳は、自身の領土内に限られた。その後、隣接する他国に質の悪い硬貨を持ちだして、何も知らない一般市民が持つ良貨と交換し、それを改鋳する方が有利であることがわかってきた。最初に被害を受けた領地では、領内の貨幣の質を落として、別の隣国の良貨と交換して損失を穴埋めし、戦争資金を蓄積した。次々と貨幣鋳造所が設置された。"

あるいは、ウェッジウッドは「ドイツ三十年戦争」で、具体的な様相を次のように記しています。

”フェルディナンドの指名人、リーヒテンシュタインは、その過程を推進し、通貨の銀含有量を75パーセント以上も引き下げ、造幣所で作り出された利益でもって、帝国の国庫をーついでに、彼自身の財布もー満たそうとしたのであった。1622年1月には、フェルディナンドは、さらに利益をえようと期待して、投機家のグループと契約を結んで、プラハ市内に、個人経営の造幣所を設立する許可を与えている。通貨が猛烈に劣悪化される反面、物価は強制的に据え置かれようとした。しかし、計画は完全に失敗した。何故なら、人々は疑い深くなり、自分のもっている良貨を貯蔵するようになったからである。他方では、政府の穀物貯蔵にもかかわらず、食糧品だけでも、価格が通常時の12倍にも上がった。外国との交易は完全に止まり、ごく普通の日常品の交換については、人々は、物々交換に頼った。こうした気違いじみた計画によって作り出された損害に加えて、契約者たちの主要な目的は、フェルディナンドの借金の返済よりは、自分自身の到富にあったのである”

「狼と香辛料」では、主人公たちは銀含有率が低下される予定の銀貨を買い集め、銀が欲しい当局の手に渡らないようにし、適切な値段で買い占めた銀貨を当局に売り、同時に当局からの特権を獲得しようと画策します。
そして最終的に、利益を獲得します。

現実では、どうだったのでしょうか?
ここでヴァレンシュタインが登場します。
実は、ヴァレンシュタインも、小説の主人公ロレンスと同じく、銀貨の改鋳で大儲けしたのです。

1622年2月、神聖ローマ皇帝フェルディナント2世は戦費をまかなうために、ボヘミアの首都プラハにおいて貨幣鋳造をとある民間団体に委託します。
このとき、すでにインフレは始まっていました。ボヘミア反乱によって冬王フリードリヒが王位にあった当時、フリードリヒが数度にわたり改鋳を実施して口火を切っていたからです。

最初は銀1マルク(当時の重量の単位)に対して6グルデンであった含有比率は、27グルデンへ、1621年の暮れには78グルデンにまでになりました。
(1グルデン当たり1/6マルクの銀が含まれていたのが、1/78マルクしかないとなれば、金属的価値は1/10以下ということになります)

銀の市場取引価格は高騰し、皇帝の懐具合ではもう貨幣を鋳造して発行することも出来なります。
そこで民間に業務を委託することで諸々の経費や、銀取得のための手間を省こうとしたわけです。

この民間団体の主導的人物は、ボヘミアの大銀行家ハンス・デ・ヴィッテでした。後にヴァレンシュタインと組んで傭兵事業で大儲けして破産する企業家です。

そして、この団体に、ヴァレンシュタインも参画したのです。

なぜなら貨幣鋳造と発行という重要な業務を委託されるからには、社会的信用は不可欠であり、当時のボヘミアの首都プラハの軍指揮官であったヴァレンシュタインは名望家の一人として、名を連ねることを依頼されたからです。
ほかにもボヘミアの執政官リヒテンシュタイン公爵ら重要人物たちが、この団体の構成人員として記録されています。

団体は、帝国財務当局へ契約した量の硬貨を支給する契約を結び、手数料で利益を上げることになっていました。
具体的に言えば、当時の含有比率であった銀1マルクに対して79グルデンの銀含有量を鋳造目標とし、この品質で年600万グルデンを政府に支払う契約を結び、その中で団体は利益を得ることが許さました。

しかし団体は、僅か数週間で、3000万グルデンの銀貨を発行しました。
インフレを加速させ、庶民に恨まれるのももっともな話です。
しかし、これは帝国政府自身がこれだけの現金を必要としたためだと言われています。
加えて団体も利益を上げなければなりません。
可能な限り素早く硬貨を発行しなければ、差額で儲けられないからです。
なぜなら、通貨の品質悪化によるインフレは単に一過性のものではなく、悪循環によって加速するから。つまり銀の価格は更に高騰し、差額は消える。
最終的に、この年の終わりに計画は中断となり、1623年2月に団体は解散した。1年間に4200万グルデンを発行したと推測されています。

この年の11月に政府は通貨の改革を実行し、品質悪化した貨幣は買い戻され、当初のレートに近い1グルデン当たり銀1/6マルクに戻されました。

さて、この中でヴァレンシュタインは、戦争初期に獲得した戦利品として銀食器などの多量の銀を現物で保有していました。その量、およそ銀5000マルク。
そして政治的重要性から団体に所属していたために、ヴァレンシュタインはプレミアム(賄賂)として団体に、銀1マルク当たり123グルデン程度の相場で、この銀5000マルクを買い取って貰えたと推測されます。

そして鋳造費用などの必要経費と国庫への手数料を差し引いた純利益は、平均の市場取引価格、銀1マルク当たり55グルデンで推算すると24万グルデンとなったと思われます。
ものを右から左に動かすだけでお金が生まれる錬金術ですね。

しかし当時のヴァレンシュタインはまだまだ小物です。リヒテンシュタインなどは、銀1マルク当たり569グルデンで取引し、他の政治的重要人物たちも、平均440グルデンで取引してます。

ただ、彼らにしろ、ヴァレンシュタインにしろ、団体への銀供給量としては微々たるものでした。
基本的にはヴィッテなどが供給量の70%以上を占めて、平均して銀1マルク当たり78グルデンで銀を買い取り貨幣を発行したようです。
それでもヴィッテは相応の利益を、取引量が巨額であるがために、上げたようです。

しかし、まさに「狼と香辛料」の世界を地でいく現実です。いや、それ以上です。
主人公ロレンスのような小さな商人は、きっと酷い目にあったことでしょう。

なお、団体は銀含有量1/79以下にして改鋳したとも非難されていますが、どうやら流石にそこまでは悪どくはなかったようです。

くわえて団体側の言い分にも一理あります。
つまり、「充分な量の銀供給を保証するというリスクと、銀の市場価格の高騰というリスクを負い、同意した手数料の支払いと契約以上の多額の現金を合法に支給する責任を負ったのだから、利益をそこから引き出すのは当然である」
というものです。

さて、この事件は、ヴァレンシュタインの悪人振りを示すエピソードとなり、非難の対象となりました。
しかし、今見たように、彼は確かに利益を上げましたが、中心人物ではなく、ある意味でおこぼれを預かったヤクザの三下程度の存在でした。
彼は幸運にも、そのときその場所にいて、適切な人脈、特にリヒテンシュタインとの人脈を持ち、参加を求められたに過ぎなかったというわけです。

加えて25万グルデンの利益は多額でしたが、当時のヴァレンシュタインの領土を含めた資産の総額は桁が違っており、まぁお小遣い稼ぎ程度の出来事だったのです。

いやいや、金は金のあるところに集まるわけですね、今も昔も。



狼と香辛料 (電撃文庫)


ヴァレンシュタイン (岩波文庫)


イワンのばか (岩波少年文庫)



熱狂、恐慌、崩壊―金融恐慌の歴史


ドイツ三十年戦争


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