私が薦めるこの時代の日本語参考文献は次の通り
グスタヴ・アドルフの騎兵―北方の獅子と三十年戦争 (オスプレイ・メンアットアームズ・シリーズ)
グスタヴ・アドルフの歩兵―北方の獅子と三十年戦争 (オスプレイ・メンアットアームズ・シリーズ)
戦争の世界史―技術と軍隊と社会
長篠合戦の世界史―ヨーロッパ軍事革命の衝撃1500~1800年
火器の誕生とヨーロッパの戦争
補給戦―何が勝敗を決定するのか (中公文庫BIBLIO)
現代戦略思想の系譜―マキャヴェリから核時代まで
図説イングランド海軍の歴史
ルイ14世の軍隊―近代軍制への道 (オスプレイ・メンアットアームズ・シリーズ)
フリードリヒ大王の歩兵―鉄の意志と不屈の陸軍 (オスプレイ・メンアットアームズ・シリーズ)
軍事革命とRMAの戦略史―軍事革命の史的変遷1300~2050年
[詳細論評]
第1章 歩兵の役割
15世紀、16世紀については詳しくないため、内容評価は難しいが、砲撃決戦の原型であるラヴェンナをあっさりと記述した姿勢はこの章全体を覆う砲兵戦術の発達に対する著者(四人の内の一人と思うのであるが)の知識不足を伺わせた。
30年戦争
グスタヴ・アドルフの改革について多くの過ちが見受けられた。たとえばマスケットの軽量化は既にドイツで取り入れられたものを導入したにすぎないし、そもそもグスタヴが取り入れたのは純粋なオランダ式の軍制システムではなく、オランダ式を改良した新教徒ドイツのシステムであったという指摘があり
(1)、状況から考えるとその意見の方が妥当だと思われる。
また軽量砲についての記述も間違っている。皮革砲(レザーキャノン)があたかも、三ポンド大隊砲であるかのように記述されているが、これはかなり問題である。まず用語の問題としては、大隊砲ではなく三ポンド「連隊砲(regimental cannon)」というのが一般的呼称。ついでレザーキャノンは連続発射に耐えられずに結局、実用的でないとされて破棄されてしまったという事実が完全に無視されている。つまり3ポンド連隊砲は青銅製の大砲である。連隊砲の配備についても各旅団に12門と固定であるかのように記載されているが、実際にそのように編成で定められていた事実はない。
本書においては、この砲兵はマスケット6発の間に8回砲撃ができると記述されていた。これまで読んだこの時代の砲兵の発射速度の最高速であるため、事実か誤認か正直判断できなかった(但し80年後の1710年代にスウェーデン砲兵が10-12発/分という記録がある)。ちなみに1時間に20回の斉射とM・ロバーツやG・パーカーは述べている。
(2)
スウェーデン式旅団についての説明にも補足が必要であると思われた。本書では色で識別とだけ書いてあるが、色で識別されていたことも当然あるが、指揮官の名前で識別されることも多々ある。また旅団が固定的で兵士の絆と団結心を育むかのように記載されているが、これは連隊とした方がより正しいのではないかと感じた。旅団は決して常設の編制単位ではないからである。グスタヴの死後、直ぐにスウェーデン式旅団が廃れたこと、この時代に編制された地方連隊がその後数世紀にわたって存続したことを考慮するべきである。
ブライテンフェルトの戦いでの記述にも、騎兵戦術など気になる点があり、注意が必要である。これについては騎兵の章の批評で記述する。
彼らの敵であるスペイン軍については、事実が誤認されていた。29ページに描かれるような鈍重で古風な方陣型テルシオは、扱いにくいため17世紀初頭のうちに廃れており、リュッツェンはもとよりブライテンフェルトでも使われておらず、縦列数は10~16列程度とスウェーデン戦列よりも多いが、それでも横隊と呼べる戦列を組んでいる。
(3) フランス軍も内乱時代での戦いを経て、独自にオランダ式に似た横隊戦術を発達させており
(4)、この本に記述されているようにグスタヴが率いた軍が革新的であったわけではない(但し、彼らが強調した訓練の重要性についてはまた別である)。グスタヴは創始者ではなく改善者であり、それだからこそさしたる抵抗もなく諸国は彼の戦術を模倣することができた。
横隊戦術
ここにおいては従来の日本語文献に足りなかった、初期のマスケット小隊射撃戦術について詳細が記載されていて良好な内容となっている。ただしあまりにも駆け足にすぎているため、例えば高地地方兵との戦いで、マスケット小隊射撃戦術で高度に訓練されたイギリス歩兵が大剣と盾で武装した氏族兵の突撃に完敗した事例など、別の側面は無視されているので別文献をしっかりと読む必要があるだろう。
(5)
またフランス式の5列横隊での列交互射撃についての記載では、第一列目から発砲し、順次しゃがんで最後に5列目が発砲する手順となっているが、これには異論があり、最初は1~4列がしゃがんでいて、5列目から発砲し、順次立ち上がって発砲するという方式という説もある。クロスチェックが必要だろう。個人的には異論の方が、1列目以外は立った状態で再装填作業が可能であるため合理的であると思う。
加えてスペイン継承戦争の頃と7年戦争の頃でマスケット射撃戦術が異なってきて、7年戦争の頃は殆ど規則だった射撃ができなくなってしまっていた点について考察が不十分である。技術の進化による射撃速度の向上が、マールバラ時代の精密な小隊射撃法よりも速度偏重のプロイセン式連続射撃となり、またあるいはウルフが行ったような連隊一斉射の思想が生まれてくるのである。
「小さな戦い」と散兵についてはクロアチア兵の活躍を取り上げており一読するべきだろう。ただ、7年戦争中に試みられていたその他の散兵(軽歩兵)戦術についての萌芽(フランスなどでの取り組み)については殆ど触れられていなかった。といよりもフランスにおける戦術発展について真面目にこの本は記述していない。イギリス人らしい記述である 。
フランスにおける軍隊の発展は、ジョン・A・リン教授の一論文が「軍事革命とRMAの戦略史」の中で翻訳されているので興味があれば読むべきだろう。
同調行進についての記載は誤解を生みそうな内容だった。同調行進はスイス方陣、ランツクネヒト、テルシオ、オランダ=スウェーデン式の17世紀中盤まではそれなりに取り入れられており、(でなければ部隊に太鼓はないし、戦闘時あれほどの密集隊形は維持できない)決してプロイセンが初めて導入したわけではない。
(6)ただ、18世紀になり火器の発達で縦長が薄くなり、部隊の密集が弱まっていたため、重要視されていなかっただけである。
行進の重要性および教練の重要性に関しての事情はマクニールの「戦争の世界史」
(7)に詳しいので補足として一読すべきである。ただ、本書記載のように重要視されていなかった同調行進がスペイン継承戦争以後プロイセンをはじめとしてフランス、イギリスで励行され始めたのは事実である。ただし戦場でも役に立ったが、時には駆け足で現場に急行すべきところを同調行進で向かったために間に合わずに敗北する事例もあるので必ずしも万能のツールではない。
第1章を要約すると次のようになる。
三〇年戦争まで
砲兵の発達に対する見解が不十分であり、フランスにおける独自の進化については全く無視して、マイケル・ロバーツが唱えたとおりのオランダ式からスウェーデン式へ軍事革命の歴史が記載されている。
三〇年戦争以後
イギリス・プロイセンの出来事を中心にして射撃戦術に重きを置いた記載内容。そのため、スウェーデンやフランス、スコットランドが取り入れていた突撃戦術の成功と失敗について注意が払われておらず、なぜ初期の頃にフリードリヒが突撃戦術を実施していたのかについて説明できていない。7年戦争で失敗したフランスの縦隊戦術についての記載が不十分であり、片手落ちの内容である。散開戦術についても7年戦争中のフランスの実験が無視されている。
第2章 騎兵の働き
短銃騎兵の隆盛についての記載は主に対歩兵戦に限られてしまっており、騎兵対騎兵について殆ど注意が払われていない。この件についてはS・ホールの該当部分をしっかり読んでおかないと、この本だけでは恥をかくことになる。
(8)簡単に指摘しておけば、同数の短銃騎兵と槍騎兵が戦闘を行った場合、練度がともに高ければ、引きつけた距離で一斉射撃をする短銃騎兵が勝利するのは自明である。
衝撃戦術への回帰 第1章と同じく、ここでもグスタヴの功績が過大に評価されている。すでにグスタヴが30年戦争に参加した1630年代、旋回射撃戦術(カラコール)は時代遅れとなっており、彼の戦術は決して真新しいものではなかった。すでに16世紀の終わりフランスのアンリ4世の時代から突撃と短銃の組み合わせの試みは実施されていた。しかもアンリ4世は騎兵大隊の間に小銃兵の部隊を配置している。革新性を評価するなら、彼こそを評価するべきだろう。
(9)
つまりグスタヴの戦術は革新的でもなく、30年戦争中期において騎兵の格闘戦はすでに復活し、歩兵火力との融合についても実績が上がりつつあった。カラコールと呼ばれる戦術の実体は、指揮官がこれを有効と考えていたのではなく、つまるところ傭兵たちが傷つくのを嫌がって近距離での射撃、そして突撃という一連の行動をしなかっただけである。優秀な騎兵部隊は射撃後にもう突撃を実施していた。ブライテンフェルトでも一部の精鋭帝国騎兵は果敢な突撃を実施していた。
また本書では小さいが血統がよく頑丈な馬とグスタヴの騎兵を評価しているが、馬の小ささは致命的で、皇帝軍の大きな馬に乗った重量級の騎兵と正面から戦えば敗北は免れなかったという点をまったく無視している。
結局、本書の騎兵についての記述は、グスタヴ・アドルフの伝説をなぞるだけである。伝説は伝説であって事実ではない。
もっともリュッツェンの戦いでは、第1章に引き続き相変わらずレザーキャノンが実戦運用されていたりしているが、騎兵戦については有益な内容となっておりそこそこ価値がある。不思議なのは少し前の記述で評価していたスウェーデン馬への評価が、ここでは馬体が小さく、資金不足から装備も不十分であった点をしっかりと指摘して、正面戦闘でパッペンハイムやピッコロミニに敗北した事実を記述していることである。
ルパート
騎兵突撃戦術の後継者にルパートを据えているのは、クロムウェルの鉄騎隊とする本よりも適切であった。しかし射撃後に突撃する戦術をスウェーデン式と一括りにする間違った用語は問題である。なぜなら本書には全く記載されていないが、射撃せずに全速力で突撃する戦術は、ルパートによる実践の後、イングランドでは廃れてしまい、代わりにスウェーデン軍で隆盛したからである。17世紀後期のスコーネ戦争で有効性が確認された後、スウェーデン軍は大北方戦争において縦長2列の楔型隊形で剣を手に全速力で突撃する戦術で栄光を勝ち取る。
(10)
そしてこれをよく研究したのがプロイセン軍であり、ザイドリッツ率いるプロイセン騎兵はオーストリア継承戦争、7年戦争で数々の勝利を手にする。しかしこの本は、この流れをまったく無視して、その代わりにマールバラの騎兵しか記述しなかったため、まったく事実と異なる戦術思想史となってしまった。
ちなみにマールバラの騎兵は本書の記述に在るとおり速度よりも騎兵の隊形を重視した。また彼は騎兵から火力を取り去ったが、部隊間に配置した歩兵による火力支援を残した。歩兵火力を残したために速度に傾倒できなかったとも言われている。一方カール12世やザイドリッツは速度を重視した。その後のナポレオン戦争において騎兵の突撃がどちらの形式であったかは調べるまでもない。
ミンデンの戦い
しかし本書は7年戦争におけるプロイセン騎兵の成功は書かずに、なぜかミンデンの戦いにおけるフランス騎兵の敗北を持って、騎兵の時代は終わったかのように記述してしまった(のんびりとしたマールバラの騎兵だったら敵陣に到達も出来なかったろう)。そして、まるでナポレオンの騎兵戦術は時代遅れで間違っているかのような書きぶりである。
確かに騎兵のみでの突撃は無謀であることは既に明らかであったが、マレンゴでも見られるように、時宜を得た素早い突撃は歴史を決した。本書が指摘するように歩兵、砲兵との共同こそが重要なのであり、結論は間違っていないのだが、論を補強するために20世紀にまで話を広げるのは極めて不適切である。
第2章を要約すると次のようになる。
短銃騎兵についての記述は対騎兵戦が無視されており、何故彼らが隆盛したか不明な内容であった。グスタヴの改革が過大に評価されフランスにおける改革が無視されている。騎兵突撃戦術に対する著者自身の評価が低いため、用語の取り扱いが不用意で騎兵戦術の発達という観点からはまったく役に立たない内容である。また、戦例が不十分。そして騎兵単独での突撃が無謀であることを結論に持って行きたいために流れを意図的にねじ曲げていた。
第3章 指揮と統率
この章については、通り一遍の知識しかないため、詳細な内容評価は難しいところである。ただ軍がこの時期大規模化した点について、ろくろく記述されておらずがっかりした。この点についてはパーカーの本とホールの本を読むべきだろう。
(11)また、「現代戦略思想の系譜」や「戦争の世界史」を読んで知識を補強するとよいと思う。もっとも前の2章に比べてまともな内容なので、この章は価値があると思う。インハーバーと大佐の違いとかもう少し突っ込んで欲しいとは思った。
大北方戦争におけるスウェーデン軍比率は少し間違っていて、主力軍はスウェーデン人が多かったが、それ以外となると傭兵の比率が格段と上がったということである。対デンマーク戦で言えば、シェラン島上陸戦やヘルシングボリの戦、ガーデブッシュの戦などはスウェーデン人主体の軍である。ロシアについても、フロストに言わせると西欧の戦術ではスウェーデンには勝てないとピョートルが考えて、1708ー9年の戦役以降はロシア人らしい戦争を目指したために外国人士官比率が低下したとのことである。
(12)
ブレンハイムの戦いについては記載することはない。イギリス人の栄光とだけ言えば事足りるだろう。
なぜか223ページに古風なテルシオの隊形が記されてブライテンフェルトの戦いの頃には一般的とされているが、すでに述べたように、この頃にはこの隊形は使われていない。
戦場や作戦行動における指揮 まずここではクレヴェルトの補給戦を読むべきである。ついで隊形の話になるが、歩兵の章における皮革で出来た大隊砲の連続射撃という悪夢じみた妄想からはしっかりと決別していた。以降の話については特に問題なく有益であると思った。ただ、会戦について言えば、要塞線が発達していた地域とそうでない地域で戦争の様相に差異があったと指摘しておく。
ロイテンの戦い以降、結論に至るまで、特に問題ある記述はなかったと思うが、予備隊の有無については意見が分かれるかもしれない(私は予備隊は存在したと考えている)。
第4章 攻囲戦
イタリア式要塞の発展からヴォーバンまでコンパクトにまとまっている。ただしコンパクトに纏めすぎている。ヴォーバンについては、現代戦略思想の系譜におけるヴォーバンの項の方が詳しいのでそちらも参照するべきだろう。
(13)
本項で特に驚いたのはカール10世のコペンハーゲン強襲とカール12世のノルウェー戦役が取り上げられていることである。個人的にとてもうれしかった。ただダールベルヒの扱いがあまりに哀れであった。スウェーデンのヴォーバンとして彼は名高く、建設した要塞の数や構想はそれに値するものである。
(14)
ケベックの戦いについては決戦の世界史に、アブラハム平原での歩兵戦を含めた詳細があるので一読すべきだろう。攻囲戦とは全く関係ないため、本書の記述だけだと幾分か寂しい内容となっている。
第5章 海戦
まったくの専門外であるが、余りに駆け足すぎる内容だった。そもそもこの時代の海戦の流れだけで、本書並の本が一冊書ける。個人的にはオランダ海軍の勇戦がトロンプだけとは残念。デ・ロイテルの活躍はまったくない。戦列艦の発達、単縦陣による戦闘の流れなどかなり不十分である。正直言って、インターネット上に流れている情報や、西欧海戦史、イングランド海軍の歴史を読むべきである。
ここで得られるのは本当にザックリとした流れのみである。
[個人的感想]
全体としてイギリスを中心とした内容であり、そのことはマールバラの4大会戦のうち、3つが取り上げられて、実質は敗北に近い勝利であるマルプラケのみ取り上げていないことからも明らかである。イギリスの戦例はすべて勝利した例というのも、好みがはっきりしていて非常に面白いと感じた。 なお、本書は初心者向けの本でもあることから、書評内の出典は一部の例外を除き極力、日本語翻訳書籍に限定した。どの辺を読めばよいか参考にして欲しい。
(1)
[R・ブレジンスキー グスタヴ・アドルフの歩兵 p9]
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(2)
[G・パーカー 長篠合戦の世界史 p34,p262の原注]
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(3)
[R・ブレジンスキー グスタヴ・アドルフの騎兵 p36] [W.P. Guthrie The later Thirty Years War p17,p28]
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(4)
[軍事革命とRMAの戦略史 "ジョン・A・リン 17世紀フランスに見る西方世界における軍隊の構築"pp.63-64, p73]
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(5)
[G・パーカー 長篠合戦の世界史 pp49-50]
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(6)
[軍事革命とRMAの戦略史 "ジョン・A・リン 17世紀フランスに見る西方世界における軍隊の構築"p66]
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(7)
[W・マクニール 戦争の世界史 pp170-188]
back
(8)
[B・S・ホール 火器の誕生とヨーロッパの戦場 pp281-313]
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(9)
[B・S・ホール 火器の誕生とヨーロッパの戦場 p304] [R・ブレジンスキー グスタヴ・アドルフの騎兵 pp34-37]
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(10)
[D.G.Chandler The Art of Warfare in the Age of Marlborough.pp56-57]
back
(11)
[B・S・ホール 火器の誕生とヨーロッパの戦場 pp317-366]
back
(12)
[R.I.Frost The Northern Wars 1558-1721 pp284-286]
back
(13)
[現代戦略思想の系譜 "H・ゲーラック ヴォーバン"pp53-79]
back
(14)
[C.Duffy The Fortress in the Age of Vauban and Frederick the Great, 1660-1789 p182]
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